癒し手独神と英傑達 アマツミカボシ編1





うららかな日の午後、琉生は普段通り花壇の手入れをする。

そのとき、カァ君が慌てて飛んできた。

「主様、大変でございます!アマツミカボシ殿が他の英傑と険悪になり、一触即発な雰囲気でございます!」

「アマツミカボシが・・・」

アマツミカボシは、誰かに屈することを極端に嫌う英傑だ。

相性の合わない相手が出てくることは仕方ないけれど、特に目の敵にしている相手がいるようで

普段も、他の英傑と共にいる様子はなくて気にかかっていた。



カァ君の後をついて行くと、既に一悶着あった後なのか

アマツミカボシが不機嫌そうな顔で、遠ざかる英傑の背を睨んでいた。

「アマツミカボシ、何か気に入らないことでもあったのか」

「・・・頭には関係ない」

声も低く、明らかに不服そうだ。



「主様がいらしたのに、何ですかその態度は!」

「ハッ、俺は頭に屈する気はない。悪霊よりマシだから居てやってるだけだ」

「何という無礼・・・!」

カァ君がアマツミカボシに飛びかかりそうになり、琉生はとっさに足を掴んで止める。

「いいよ、カァ君、気にしてない。

討伐に出られなくて鬱憤が溜まるかもしれないけど、社をあまり手薄にできないんだ」

「なら、頭が手合わせでもしてくれるか」

挑発的に言われ、琉生は頷こうかとも思う。

けれど、それより先に思いついたことがあった。



「暇なら、一緒に錬金堂の掃除でもしてくれないか?」

「掃除?何で俺がそんなことを」

不快を通り越し、アマツミカボシは不思議そうに問い返す。

「掃除でしたら、前にタケミカヅチ殿が・・・」

その英傑の名が出た瞬間、アマツミカボシはぎらりとカァ君を睨む。

そんな視線を見て、琉生はひらめいた。



「そうそう、だいぶ前にタケミカヅチがしてくれたときは随分綺麗になったね。

あそこまで完璧に掃除できる英傑はなかなかいないよ」

琉生は、カァ君をちらと見る。

「そ、そういえばそうでしたね。あれは見事なものでした。

武芸に秀でるだけでなく、掃除までこなすとは」

アマツミカボシは、明らかに面白くなさそうに二人の言葉を聞いている。



「今回も、タケミカヅチに頼んだ方が良さそ・・・」

「頭がそこまで言うなら仕方ない、引き受けてやる」

その相手に頼むのがよほど気に食わないのか、アマツミカボシが言葉を遮り申し出る。

「それなら助かるよ。じゃあ、早速行こうか」

「フン、それくらい俺一人で十分だ。頭の手を煩わせるまでもない」

アマツミカボシはそう言い捨て、錬金堂の方へ歩いて行く。

これはうまい扱い方が見つかったと、琉生は次の事を考えていた。





しばらく経った後、琉生は錬金堂を訪れる。

中は埃一つ落ちておらず、窯も綺麗に磨き上げられ完璧に掃除が成されていた。

「アマツミカボシ、お疲れ様。もうこんなに綺麗になったんだ」

「見くびるなよ、俺にかかればこんなもの容易い」

最初は嫌々のようだったが、今はどこか誇らしげだ。



「それなら、次は買い出しを手伝ってくれないか?」

「ハッ、荷物持ちなんてごめんだな」

「いや、都へ一人で行くのは不安だから・・・護衛してくれると安心するんだけどな」

護衛、と聞きアマツミカボシはにやりと笑む。

「それなら最初からそう言え、悪霊が出てきたときに倒すのは俺の役目だ」

「ありがとう。じゃあ、準備してくる」

まるで、アマツミカボシの態度は思春期特有の反抗期のように思える。

接していけば面白くなるかもしれないと、琉生は楽しみにしていた。





琉生は、アマツミカボシだけを連れて都を訪れる。

そこは悪霊とは縁のない賑やかな雰囲気で、客引きの声がよく通っていた。

「寄りたい所は、酒屋と、万屋と・・・」

「おい、本当に護衛のために連れてきたんだろうな」

「もちろん。運が良くて悪霊に出会わなかっただけだよ」

アマツミカボシは訝し気な目つきをしたが、琉生はさっさと雑貨屋に入る。

特に興味もないのか、壁を背にして買い物が終わるのを待っていた。



雑貨屋が終わると、次は酒屋へ移る。

そこでは大酒飲みのための大瓶を買い、琉生は両手で抱きかかえて何とか持っていた。

「お待たせ、用事は済んだから帰ろうか」

アマツミカボシは、黙って琉生の隣につく。

そして、大瓶をちらちらと見た後、ふいに溜息を吐いた。



「ほら、貸せ。危なっかしくて見てられない」

アマツミカボシは大瓶を軽々と取り上げ、片手で持つ。

琉生は一瞬だけ目を丸くして、やんわりと微笑んだ。

「ありがとう。帰りも、悪霊が出てこないといいな」

してやられたと、アマツミカボシはそう感じていたけれど

琉生の笑顔を向けられると、なぜか文句の一つも出てこなくなっていた。





琉生の望み通り、道中何事もなく帰還する。

酒瓶は蔵に置いてもらい、不服そうなアマツミカボシをよそに琉生は満足気だった。

「アマツミカボシ、助かったよ。これ、付き合ってくれたお礼」

琉生は懐から、赤いリボンのような布を取り出す。

「その髪留め、いつも同じ色だからたまには違うのもいいんじゃないかと思って。・・・余計なお世話だったかな」

気に入らなければ、ここで引きちぎられるかと覚悟する。

アマツミカボシは少し間を置いた後、布を手に取った。



「・・・感謝する」

短時間の間に、迷いに迷った後のような返答。

笑ってもいないが、不機嫌そうでもない。

受け取ってくれただけでもよかったと、琉生は安心していた。





翌日、アマツミカボシは外へ討伐に行き、社は静かになる。

髪留めはどうしたかと気になっていたけれど、討伐が優先だ。

錬金堂はもはや手入れをするところがないので、花壇の様子を見たり文を読んだりして過ごす。

傷ついた英傑を癒すために、余力は残しておかないといけないけれど

あわよくば、自分も討伐へ出て協力したい思いがあった。



「主様、アマツミカボシ殿が帰還されましたよ!」

「わかった、すぐ行く」

カァ君に教えてもらい、外へ向かう道へ早足で向かう。

アマツミカボシを見つけると、とたんにばつの悪そうな表情をされた。

「アマツミカボシ、お疲れ様。結構切り傷があるみたいだね、すぐ治すよ」

「こんなもの、眠れば治る」

琉生は気にせず、アマツミカボシの腕を掴み集中する。

すると、淡い光が腕から通じ、傷は次々と塞がっていった。

治療が終わった後でも、アマツミカボシの表情は冴えない。



「・・・討伐中に、何かあったのか?」

尋ねると、アマツミカボシは懐から青い髪留めを取り出す。

それは、鋭い刃物で切られたようにぼろぼろになっていた。

「これ、僕があげた・・・」

「・・・悪霊にやられた、って言ったら、信じるか?」

気に入らなくて、見えないところで切った可能性はある。

けれど、それなら馬鹿正直にこうして見せることはしないだろうし

こっそりそんなことをするなんて、性格からして似つかわしくなかった。



「珍しく苦戦したんだな、今日はゆっくり休んでくれ」

「ッ、どうしてそんなにすぐ信じられる」

「どうして、って・・・そんな回りくどいことしないだろ?いらなかったら受け取らないだろうし」

当然のように言われ、アマツミカボシは言葉を失う。

「つけたところは見られなかったけど、何だか嬉しいんだ。

アマツミカボシが、僕のあげた髪留めを持っていてくれて」

つけるかつけないか、迷っていたからこそ持っていたのだと都合よく解釈する。

図星だったのか、アマツミカボシは視線を逸らしていた。



素直になれない様子にどことなく可愛げを覚え、琉生は思わず手を伸ばす。

ふわりと頭を優しく撫でると、アマツミカボシは目を見開いた。

「ガ、ガキ扱いするなっ」

少し間を置いた後、弱い力で手を払い除ける。

意地っ張りで、ひねくれているようだけど、案外面白い相手かもしれない。

琉生はくすりと笑い、アマツミカボシを見詰めていた。